コロナ死亡率が高いとされるベルギーの死生観

コロナ死亡率が高いとされるベルギーの死生観

国全体の人口と、コロナウイルス(COVID-19)による死亡者数を比較して、「ベルギーは死亡率が高い」という国際比較のグラフが示されることがある。最初に結論から言うと、基準が違うものを並べたところで意味はない。リンゴとオレンジを比べて何を競わせるのか? しかし、さらに観察を深めていくと、我々現代人が抱える生命倫理の問題に突き当たる。命の意味を考えるにあたり、ひとつの進化の形を示すベルギーに注目してみたい。

 

本当にベルギーだけが悪いのか?

まず、問題の数値を見てみよう。(以下はJohns Hopkins大学の例)イギリス、スペイン、イタリア、スウェーデン、フランス、アメリカ、アイルランド、オランダなどより上にBelgiumの国名が見える。

出典:https://coronavirus.jhu.edu/data/mortality

 

ベルギー政府発表では2020年7月4日時点のベルギーの死者は9771人。10万人あたりの死者が約84人という割合になる。(どの人口と統計日を選択するかによって多少増減する。上記では85,54人)これだけを見ると、ベルギーが感染拡大で医療崩壊し、数多くのコロナ死者を出してしまったような印象だ。

この主な原因は、「コロナ疑い例」によるものだ。ベルギーでは、PCR検査などでコロナ感染者であると判明していないけれども、現場の医師の判断でコロナと疑わしい症状により死亡した人の数を統計に算入している。検査設備の整っていない高齢者介護施設や自宅その他での死亡の7割以上は「コロナの疑いがある」というものである。

総数9771のうち、4780人が病院(全体の49%)で死亡し、4869人が病院以外(全体の50%)で死亡した。病院死者のうち237人が、介護施設など病院以外の死者では3579人が「コロナ疑い例」の死亡である。つまり全体の39%は「コロナだった可能性がある」という死者だ。

もし、検査で完全にコロナと断言できる人だけならば、ベルギーの死亡者数は5955人。10万人あたりの死者は約85人からぐんと減って約52人となる。これを近隣諸国と比較してみよう。10万人あたりの死者はイギリスは65人、スペインは61人、イタリアは58人、スウェーデンは54人である。これらの国々は「疑い例」を算入していない。

先進的な感染対策と優れた医療で賞賛を浴びた隣国ドイツは、死者9086人(7月6日)、人口は約8315万人(2019年)であるから、10万人あたりの死者は約11人。欧州でドイツの封じ込めに匹敵できるところは、そもそも感染の広がりが少なかった東欧やポルトガルなどである。

結局のところ、PCR検査数や死亡報告の統計での取り扱いで、印象はずいぶんと変わる。ベルギーが特に死亡率が高いわけではなく、ドイツを除く近隣諸国と大差ないと言えなくもない。

「コロナの疑いがある死者」の数を統計に入れたのは、あくまでWHOの勧告に正直に従ったまでである。他の国々では、PCR検査の陽性反応がない場合はコロナ死者とカウントすることはないケースが多い。ベルギーでも、現場の医師の主観で数字が左右されることから、専門家の間でも「疑い」を算入することに反対する意見も見られた。

しかし、平年の死者数と2020年前半の死者数を比べた「超過死亡」と、ベルギーのコロナ死者数がほぼ一致することから、専門家や一般の市民もベルギー方式に信頼を深め、現実により近い統計結果を出していると判断するようになった。アメリカ、イギリス、イタリア、スペインなどは、不自然なまでに超過死者数が認められる。実際には、発表より多くの人がコロナで命を落としたと考えられる。

 

ベルギーは医療崩壊したのか?

2020年3月の時点で、ベルギーには人工呼吸器付きの集中治療室ベッド1900床が用意されていると発表された。4月初旬に1300近くまで使用されたが、その後は減少に転じ、ベッドが足りなくなるという最悪の事態は回避された。

一方で、最悪のケースに備えて、限られた病床でどの患者を優先的に治療するのかという倫理的な議論も行われた。年齢、病状、入院日の後先などを考慮して、何を優先させるのか、もしイタリアのように集中治療室で苦しい命の選択を余儀なくされた場合のことが話し合われた。

ここまで医療現場に相当の負荷がかかったのは事実であり、医療用マスクや防護服、医薬品、人工呼吸器の不足が問題化した。待遇の改善を求める声も高まったが、医療関係者が患者を放り出してストライキをするわけにもいかず、ソフィー・ウィルメス首相が病院視察に赴いた際に、背中を向いて出迎えるという意思表示がなされたくらいだった。

高齢者介護施設も同じ問題を抱え、感染の危険性があると判断したスタッフが出勤を拒否するなどした場合は、ベルギー軍の医療チームがサポートに入るという場面も見られた。

こうした現場の様子を見ながら、何をもって「崩壊」というのかは議論の分かれるところだが、ある一時期、ベルギーがその限界まで近づいたとは言えるのではないか。しかし、完全に飽和したわけではない。

 

今いる場所で死を選んだ人々

高齢者介護施設で死者が増えていることは、コロナ危機の初期から注目されていた。一般の面会を拒絶にする、食堂の使用を禁止する、共同スペースの殺菌を徹底するなどの措置が取られても、一端侵入したウイルスが施設全体を汚染して、抵抗力の弱った老人を犠牲者にしていった。

ベルギーの死者の約半数である4869人が、高齢者介護施設で死亡している。ベルギー政府はこうした施設に対して、大規模なPCR検査を優先して実施したのだが、効果が十分だったと言えるのだろうか。

ここで素朴な疑問を呈してみよう。「なぜ設備の整った病院に搬送されなかったのか?

病院ならば、人工呼吸器や経験のあるスタッフも揃っているし、おそらく医薬品なども老人ホームより充実していることだろう。命が助かる確率が高くなるのに、なぜ大きな病院に行かずに、そのまま施設で亡くなったのだろう?

3月26日に、実にショッキングなニュースが流れた。90歳のスザンヌさんという女性が、コロナに罹患して重症化したにも関わらず、病院で人工呼吸器の使用を拒否したというのだ。「それは若い人にとっておいてあげて。私は十分に生きたから」と医師に語ったと伝えられる。

スザンヌさんの例では、娘さんは感染リスクがあるために病院に入ることができなかった。自宅介護のままであれば、死に際を看取ることができたかもしれない。介護施設の場合でも、一般面会拒絶であるため、病院と状況はあまり変わらないが、少なくとも住み慣れた場所で、信頼関係のある医療・介護スタッフに囲まれて旅立つことができる。

美談として語られるが、現実的なところを冷徹に見ると、もし施設の老人が全員病院の集中治療室に送られた場合、ベルギーの医療現場が「崩壊」していた可能性は高い。なにしろ高度医療が必要な患者が倍増するのだから。高齢者の延命治療に医療のリソースが多く使われ、患者の命の選択が行われる倫理問題に発展していただろう。病院側も、後期高齢者を積極的に受け入れる姿勢を見せなかったという話も出ているので、患者側の考えだけで介護施設にとどまったケースがすべてではないだろう。

 

ベルギーの生命倫理

カトリック教国であるにも関わらず、ベルギーは生命倫理の分野で先進的な法整備が進んでいる。いましも中絶の期限を12週から18週に延長しようという法改正で議会が紛糾するなど、生命倫理と自由選択の間での葛藤は常にあるものの、人間の尊厳を守る精神が深く根づいている。

ベルギーでは、2002年5月28日に安楽死が合法化された。治癒の見込みがない病気に苦しめられ、本人が書面で明確に意思表示し、医師らも証人として認めるなど条件が整えば、尊厳死という人生の最期を選ぶことができる。

2019年10月には、パラリンピック金メダリストの車いす走者、マリーケ・フェルフォールト(40歳)が、筋肉が衰える脊髄疾患による苦痛を理由に安楽死を選んだ。

また、ゲントでは、精神疾患から安楽死した人物の家族が、医師らを訴えるという裁判もあったが、2020年1月に棄却されている。安楽死を実行する医師の立場を守る判断がされたといえる。

尊厳死とは、生きている時間の長さよりも、その質を大切にするという思想である。コロナ危機の混乱のなか、自分の命をどう処するのか、選ぶ権利を本人が持っているということが重要であると考える精神風土がそこにある。より人間らしく死の旅路につくために、無理に病院の集中治療室で孤独に闘病するよりも、介護施設や自宅で静かに人生の終わりを迎えたいと願うのも、人間の自由というべきかもしれない。 

Hiroyuki YamamotoReporter
ブリュッセル在住。青い鳥編集長。ベルギーの政治経済ニュースを現地から発信。多文化国家にして欧州の中心という特殊な状況を読み解き伝える。

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