ウルズラ・フォン・デア・ライエン(Ursula von der Leyen、1958年生まれ、現在60歳)が、欧州委員会の次期委員長として欧州議会の投票で決まった。ベルギーの首都ブリュッセル、イクセル地区で生まれ、ヨーロピアン・スクールに通った。その幼少期をすごしたブリュッセルで、欧州の大役を担うことになる。
ウルズラの亡き父エルンスト・アルブレヒト(Ernst Albrecht)はCDU(ドイツキリスト教民主同盟)所属の政治家であり、ウルズラが生まれた1958年から70年まで、欧州委員会で競争法関係の仕事をしており、そこで局長を務めた経験もある。ウルズラがブリュッセルで生まれ育ったのも、まさにこの父の仕事の都合である。
アルブレヒト家は元々が由緒ある名士の家系で、19世紀にはコットンを扱う商人として活躍していた。曾祖父がアメリカで植民地経営をしていた女性と結婚したため、ウルズラにはアメリカ人(英国人)の血も少し入っていると言える。
ドイツ、ゲッティンゲンにあるゲオルク・アウグスト大学、英国ロンドン経済大学で経済を学び、ハノーヴァー医大で医学を学ぶ。医学博士の資格も有している。
1986年に内科医で教授のハイコ・フォン・デア・ライエン(Heiko von der Leyen、1955年生まれ)と結婚。夫の家系はドイツの貴族で16世紀までさかのぼる。二人は7人の子どもをもうけている。
彼女が政治の世界に入ったのは、1990年のCDUへの入党がきっかけである。2001年にはハノーヴァーの地域政治に関わり、2003年からニーダーザクセン州政府で大臣をつとめ、2005年にはアンゲラ・メルケル内閣で大臣職につく。家族・高齢者・婦人・青少年相、労働・社会相、国防相を歴任した。
そして2019年、欧州理事会で任命され、このたび欧州議会でも賛成過半数で、欧州委員会の委員長として任命された。賛成383票、反対327票、棄権22票、無効1票。僅差といえる。
母語であるドイツ語に加えて、幼少期にブリュッセルで親しんだフランス語もネイティブ並み。さらに英国とアメリカで5年すごした経験から英語も流暢に操る。お育ちの良さと、コンサバな外見、初の女性委員長というポジショニングを活かして、これからの欧州政治は、競争局長の娘で7人の子どもの母が動かしていく。
公式サイト
https://www.ursula-von-der-leyen.de/
(photos) European Parliament