映画レビュー「悪は存在しない」 Evil Does Not Exist

映画レビュー「悪は存在しない」 Evil Does Not Exist

村上春樹の短編小説『ドライブ・マイ・カー』を原作にした映画で世界的な成功を手にした濱口竜介監督の最新作『悪は存在しない』が4月10日からベルギーでも公開される。  

物語は、自然豊かな森を舞台に、そこにキャンプ場を建設しようという計画を中心に展開される。清らかな水、森とそこで生きる動物を大切にする村人たちは、キャンプ場ができることで自分たちの生活に悪影響が生じるのではないかと不安になる。

主人公の巧は、娘の玲花と森の中に暮らしている。植物や動物の生態系について熟知している寡黙な男だが、村の開発と自然保護については、バランスを重視する姿勢を見せる。都会と田舎の単純な二項対立だけに終始しない複雑なテーマ設定が監督の持ち味として発揮される。

自然のなかに神道的な「神」を感じさせつつも、「悪」がここで何を意味するのかは明示されない。

作品の特徴として、登場人物たちの訥々としたセリフ回しが興味深い。それにより独特の緊張感をはらみながら物語が展開していくのだが、主演の大美賀均は本業が俳優ではなく、普段は裏方の制作担当であることも関係しているかもしれない。

この映画は、前作『ドライブ・マイ・カー』でも作曲を担当した石橋英子とのコレボレーション企画として生まれた。

作曲家の石橋が自身の作品「GIFT」につける映像を濱口監督に制作依頼し、その内容が発展して映画『悪は存在しない』に結晶したのである。

本作は第80回ヴェネチア国際映画祭において銀獅子賞(審査委員ブランプリ)を受賞した。映像芸術としての価値が高く評価された。前作のアーティスティックな世界観が気に入ったという人に特にオススメの作品である。(山)

 

監督・脚本 濱口竜介
1978年生まれ。神奈川県出身。東京大学、東京藝術大学卒業。在学中は黒沢清監督に師事。主な作品に『ハッピィーアワー』『寝ても覚めても』『偶然と想像』『ドライブ・マイ・カー』。ベルリン、カンヌなど受賞多数。