3月13日にブリュッセルの中央駅に近いアルベルティン広場で行われたデモ集会で人々に話を聞いた。戦争開始から18日目。ウクライナから避難してきた人々も加わり、プーチンのロシア軍の非道を弾劾し、EUとNATOそして国際社会に対しさらなる支援を求める叫び声が繰り返された。
オクサーナさん
こちらの方々はウクライナから避難されたのですね?
はい。彼らは私の兄の妻(35)と息子(9)です。私はこの子のゴッドマザーなんです。二人は首都キエフに住んでいました。非常に寒いなか、丸二日かけてウクライナからポーランドの国境を越えました。二日前に私が車で迎えに行って、ベルギーに連れ帰りました。
この子は朝、起きると「ここはどこ?お父さんはどこ?」と聞いてきます。大変な移動の連続で、自分が置かれた情況が分からずに混乱しているのです。私の兄はキエフに留まって首都を守るために戦っています。
私の両親(73)も、キエフの家に残っています。国外に避難するように必死に説得しましたが、聞き入れられませんでした。兄嫁の両親も同様にキエフに残りました。家族のなかで一番若い彼を救えてよかったと思うしかありません。
ウクライナには今たくさんのチェックポイントがあって、誰がどこにいくのか厳しく監視されています。大混乱のなかで電車に乗るのも大変です。「西側に向かうなら、どんな電車にでも乗って」と伝えました。絶え間なく銃撃があるので電車もゆっくりしか進めません。
キエフから12時間もかかって西部の街リヴィウにつきましたが、西側諸国に向かうハブになっている駅なので、そこも大混乱していて、マイナス気温のなか駅舎に入る列に一晩中、立って並ばなければならなかったのです。
ポーランド行きの電車に乗れたものの、銃撃があって国境は越えられず、電車から降りて雪が積もった野原を何時間も歩いて、やっと国境のチェックポイントに到着したのです。携帯で通話して場所を突き止めたら、私も必死になってそこまで車を走らせました。
ポーランドでは、非常に手際よく書類を処理してくれて、この子はパスポートを持っていなかったのですが国境を通してくれました。
今、どのようなお気持ちですか?
まさか自分の人生でこんな酷いことが起こるとは思いもしていませんでした。
日本の皆さんにも知っていただきたいのは、これは軍同士の紛争ではなくて罪のない子供たちが爆撃される残酷な戦争だということです。21世紀にあってはならない事態です。
気持ちを強く持とうと努力はしていますが、ときどき感情的になって落ち込むことがあります。でも、同胞たちがこうして集まって活動しているので、私たちも抗議集会を企画したり、支援物資を集めたり、できることは何でもやってみようと頑張っています。
なぜご両親はキエフに留まったのですか?
私にも分かりません。「自分たちの国だし、この家は自分が建てたんだ」と父は言っていました。
実は、私の母はロシア人なんです。ロシアで生まれ育って、学生のときにウクライナに移り住み50年になります。これまで何の問題もなく、彼女は学校でロシア語を教えてきました。
母はロシアに二人兄弟がいるのですが、窮状を訴えても「知ったことか。市民は大丈夫だろう」と返事がきました。ウクライナに留学経験があり、妹が住んでいるのに、ロシア国内でどんなプロパガンダに洗脳されているのか、恐ろしくなります。
もちろん、ロシア人のなかにも抗議の声をあげる人がいます。でもみんな恐怖に感じています。ベラルーシの人々も同様です。
ウクライナはEUに加入を希望していますね。
私がまだ学生だった8年前にも、尊厳革命(マイダン革命)がありました。当時の大統領がEU加盟合意にサインするのを拒否したことに抗議運動が巻き起こったのです。EUに私たちは未来を夢見たのです。
そのときも、EUは同情的であったものの、革命派の求めていたレベルの支援はしてくれませんでした。
今となっては、ウクライナが何かに加盟するという形式論ばかりにこだわるのはあまり意味がないことのように、私は思うようになりました。
もちろんウクライナ人は西側諸国と同じ価値観を共有しています。でも、政治的な判断によって情況が急速に変わるようなことは期待できなくなってきました。
ウクライナがEUやNATOに加盟して保護を受けることが政治的な目標であることは事実ですが、今この瞬間に私たちウクライナ人が、他のヨーロッパの人々と違うことは何もありません。英語や他の言語も話すし、外国留学もする、旅行にも出かける、すでにヨーロッパ人なのです。
「ヨーロッパの一員」と呼ばれるためだけに、これほどまでの犠牲を払った国というのは歴史上ウクライナ以外にないかもしれません。
話を聞いてくれてありがとうございます。私たちは最後まで戦います。
タチアナさん
ウクライナのどちらのご出身ですか?
スームィ地方というロシアとの国境近くで生まれました。この戦争がはじまった最初の日から激しい攻撃があった場所です。
ロシアとウクライナは兄弟国と言われますが、スームィ地方ではそれ以上の「一つの家族」のような関係でした。同じ道にある家々がロシア領内だったりウクライナ領内だったり。
戦争が起こったときにはどこにいたのですか?
2月24日は国境の街にいました。本当は戦争が終わるまでそこにいるべきだったのでしょうが、ブリュッセルにいる主人が「ロシア軍が迫っているから、すぐに逃げるんだ」と言うので、ウクライナを去りました。
今、スームィ地方はロシア軍の戦車であらゆる道が閉鎖されて、移動することはできません。
もともと私はブリュッセルに家族がいて、ウクライナ・コミュニティーで環境保護や文化経済の発展のお手伝いをする仕事をしていたのです。私の両親もウクライナから1週間かけてベルギーに逃げてきました。
欧州諸国に望むことは?
この戦争を終わらせるような判断がなされ、ウクライナを本当に守ってくれるよう願っています。
残念ながら今のところ実現されていないので、少なくとも軍の武器や装備を提供して欲しいです。
そして、情報の分野でもお手伝いいただきたい。ロシアの市民たちに、何が実際に起こっているのか、真実を伝えることが大切です。
ウクライナの多くの街が爆撃にあい、消滅させられようとしているのを世界中が見ているんだということを、ロシア人は気がつくべきです。
昨日も「人道回廊」の設置が発表されましたが、無実の女性や子供たちが銃撃され、命が失われました。
彼らに爆撃をやめさせるために、ウクライナの空を守るために、みんなができることをすることが大切だと思います。
アンドレアさん
なぜデモに参加を?
私はイタリア人ですが、ガールフレンドがウクライナの出身です。
帝国主義的な独裁者が、一方的にウクライナの主権を侵害したことで、彼女の家族や我々の友人が苦しんでいることに心を痛めています。
日本の方でしたら、分かると思います。強大な国が核兵器で脅してきたときに、勝算が限りなくゼロに近いことを。
どうすれば戦争は終わるでしょうか?
戦争に勝つにはいくつかの方法があります。テレビゲームのように、相手の軍隊を打ち負かせば勝ちという単純な構造もあるでしょう。
他にも経済的な手段により、侵略者が「戦争をしても利益がない」と思わせることも可能です。
それまでに、ウクライナ人が持ちこたえてくれなければなりません。完全に制圧されてしまうと、経済制裁の意味が薄れます。
まさか、ウクライナが武器をもってモスクワに進攻しようというのではないのです。特に重要なのが制空権を奪われないような対空兵器です。
武器を送ることに心理的な抵抗を感じる人もいます
倫理的な理由で、そう感じることは分かります。武器調達のための資金を送るなんて、とんでもないと。
ただ、こうも考えられないですか?
ロシア軍が侵略したところは市長を拉致したり、社会のトップを親ロシアの人にすげ替えようとしています。文化、政治、経済を破壊し、自分の都合のいいように変更しようとしている。ジェノサイドのようなものです。
2000キロ離れた場所の非道な行為を見て見ぬふりをするより、ウクライナ人たちが自国を守ることができるように武器を送るほうが、倫理的に許容されるのではないですか?
難しい問題であることは事実です。ただ、現実問題として自衛の武器が今どうしても必要なのです。
国際社会はどうすべきでしょうか?
日本を含めて国際社会はウクライナに対してあらゆる支援をすべきです。今は食料や医薬品をはじめ、すべてのものが不足しています。
一時期ウクライナに住んでいたとき、この国と日本がとても似ていると感じたことがありました。
ともに原発事故という同じ悲劇に見舞われた国です。キエフにあるチェルノブイリ博物館には、福島についての展示コーナーもありました。
ロシアとの国境をもつ日本でも緊張が高まっていることは想像できます。しかし、戦況がどうなるにしろ、今後数年は最悪のケースに備えて準備しなければなりません。欧州だけでなく日本海もどうなるか分かりません。
私たちができるのは、民主主義国家同士の連帯をより強く深めていくことです。人々の自由を望まない専制君主から、我々自身を一緒に守っていきましょう。
アンナさん
ご家族は無事ですか?
母と兄弟がウクライナ国内にいます。西部のリヴィウなので、まだ安全な場所ですが、爆撃があると地下の防空壕に逃げ込んで怖い思いをしているとメッセージが来たりします。
「ヨーロッパは私たちを救ってくれるの?」と母に聞かれると、「できることはやっているけれど・・・」と答えるしかありません。
ロシアの貿易の大部分を占める石油とガスの輸入を停止すれば、本当にプーチンを止めることができると思います。
今は、どのような活動を?
私はブリュッセルで3年半、移民関係の国際機関で仕事をしてきました。アフリカや南米、中央アジアが担当でしたが、ここ数週間はウクライナに全力を注いでいます。
家族がウクライナにいるので、いてもたってもいられない気持ちで抗議集会に参加しています。募金の活動もして、ウクライナに防弾チョッキやヘルメットを送っています。
停戦の見込みは?
ロシア軍が国境に集まっている段階から、ゼレンスキー大統領はロシア側に話し合いを申し込んでいますが、相手にされていません。
大統領は頑張っていると思います。政治経験のないコメディアン出身ですが、国を一つにまとめることに成功しています。軍と市民がお互い助け合い、ウクライナは100%団結しています。
しかし、ロシアは一方的に戦争をはじめて、できるだけ多くの領土をとってから交渉をはじめる戦略です。
非公式な数字ですが、マリウポリでは2週間で2万人が死亡したと見られます。これはジェノサイドです。一般市民を殺しているのです。
国際社会に訴えて、せめてマリウポリだけでも飛行禁止区域を設定してくれるようお願いをしています。食料も水もないのです。人道的援助として市民に水を送るようロシアに要求しても、受け入れてくれません。
降伏することは選択肢としてなかったのですか?
ありません。ロシアの目的は、ウクライナ人を皆殺しにすることだと思います。私たちがロシアを受け入れないからです。
ウクライナとロシアは違う民族です。「兄弟国」と言われますが、本当に兄弟なのは隣国ポーランドや支援してくれている他の国々であり、ロシアではありません。
歴史を見ても過去300年、ロシアは常にウクライナ人を殺戮して、ロシア人をその地に移住させるということを続けてきました。
1932年から1933年の間に数百万人のウクライナ人をシベリアで強制労働につかせ、飢餓状態にして殺害しました。私の祖父もソ連の強制収容所グラークで10年過ごしました。
もし降伏すれば、その瞬間に私たちが殺されるのは目に見えています。今も戦争で罪のない女性や子供を殺しているではありませんか。降伏は死を意味するだけです。
ロシア人が来れば、私の母も兄弟も強制収容所に送られます。もしくはそんな面倒なことはせずに、ただ殺して終わりかもしれません。
私たちは、生きるために戦っているのです。尊厳や欧州の価値のために戦っていると言いますが、それ以前にまず、命を守るために戦わざるを得ないのです。
欧州連合に加盟することが望む未来ですか?
ウクライナでは政治も経済もうまく行っていましたし、言論の自由など改革も進んでいました。もちろん問題がないわけではありませんが、他の東欧諸国と大差ありません。
ウクライナがEUに加盟したら核兵器を打ち込むとプーチンが脅していたから話が進まなかったのです。
この戦争はウクライナだけへの攻撃ではなく、自由、民主主義、人間の尊厳を謳歌するEUとアメリカに対する攻撃です。置き去りにされたウクライナが倒れれば、その次はポーランドやバルト三国が同じ運命を辿ります。ウクライナだけでは終わりません。
EUがより強い経済制裁を課し、NATOがウクライナの空を守ってくれなければ、今こうしている間にも命が奪われ続けます。
欧州では人々が政治を動かす力を持っています。だからこうしてデモ行進に参加して訴えているのです。
interview : Hiroyuki Yamamoto