ずるずるラーメン店主 ニック・ホフマン Nick Hofman

ずるずるラーメン店主 ニック・ホフマン Nick Hofman

ゲントの「ずるずるラーメン」は、日本でラーメン修行をしたベルギー人のニックさんが本物の日本の味を提供するお店。スープはもちろんのこと麺もトッピングもすべて自家製で情熱を込めて作られている。個性的なアート作品にあふれた店内でお話をお伺いし、自社製麺所も見せていただいた。

 

ラーメンとの出会いは?

本格的なものは、日本を旅行したときに食べたのが最初です。強烈な香りが広がり、スープも濃厚で、麺もすごく美味しくて感激しました。

実は、それより前にアントワープでも食べたのですが、日本人経営のお店ではなくて、あまり美味しいとは思えませんでした。それが日本で衝撃を受けて、ラーメンの味にすっかり心を奪われました。

帰国してからベルギーでラーメンを食べ歩いてみましたが、日本で感動した味とはどこかが違う。アムステルダム、デュッセルドルフ、パリなど周辺国のお店にも足を運びました。確かに美味しいけれど、いつも何かが足りないような気がしていました。

 

なぜ日本でラーメン修行を?

もともと日本の文化にはアニメや漫画を通じて興味があったので、再度旅行に出かけ、2ヵ月ほど滞在しました。そのときに横浜で大好きなラーメン作りを学ぶことにしました。自分で美味しいラーメンを作ることができるようになりたいと思ったからです。

学ぶほどに興味がふくらみ、私があまりにたくさん質問をするので、先生が「噛み付いたら離れない虫みたいだ」とあきれて言うほど熱心な生徒でしたね。

最初の2週間は横浜の教室で、旨味をいかに化学反応で作り出すかなど、理論を教わります。

そのあと、実際にラーメン店で働きます。最初に入ったところは、ランチ営業だけの小さなお店で、麺やスープ、具材などを毎日すべて手作りしていました。日替わりで味を変えるので新鮮な経験ばかりで、じっくり料理の勉強をしました。

そこを卒業したら、次の店です。今度は毎日800杯も提供する大きなお店でした。カウンターに5人、調理スペースに2人がいて、休みなく工場のように働きます。麺とスープを外部から仕入れるという点も、最初のお店と違うところです。

独自のタレは企業秘密で、すべて見て学ばなければなりません。日本では、しっかり働かないと、こうした情報は得られない仕組みですよね。

修行の後半になると、学校で学んだことや、食べ歩きをした経験、インターネットの情報、実地研修の経験を総合して、独自のレシピを発展させることができるようになります。

 

すべて自家製でオリジナルにこだわるニックさんのラーメンは、最高の味を追い求める日本の職人魂が込められている。きれいに整えられたカウンターキッチンも清々しい。

 

開店までの経緯を教えてください。

日本で修行したからといって、それを仕事にしようとは本気で考えてはいませんでした。IT業界で働いていましたし、あくまでも自分が食べたいというのが、一番の目的でしたから。

あるとき家族や友人を招いてラーメン・パーティーを開きました。ラーメンは準備から完成まで丸二日はかかります。せっかく作るのなら、多めに作ってみんなに食べさせてあげたいと思って。

すごく美味しいと好評で、友人たちは日本食に興味が沸いて他のレストランに行くのですが、どこもニックのラーメン以上の味ではないと言って帰ってきます。「君のラーメンが最高だ。お店を開いたらいいじゃないか」その応援の声が、開店への原動力になりました。

ただ、私は飲食店の経験が乏しいので、ベルギーでも職業訓練校に半年通って、改めて料理とレストラン経営について学びました。卒業後にいくつかのお店で見習いをしましたが、ブリュッセルのラーメン麺真さんでも働かせていただきました。

 

どんなご苦労がありますか?

自分のお店で使うレシピを完成させるまでに2年間の年月がかかりました。特に大変だったのが、味噌ダレと醤油ダレです。

ゲントではヴィーガン(菜食主義)の人が多いのですが、植物性の素材だけで旨味を出すのは困難です。

日本の通常のレシピから動物性のものを取り除くだけだと、ラーメンは美味しくなりません。代替品を使うというより、発想としてはゼロから組み立てる方法論を取りました。

風味を増すものを一つずつ加えていけば、味はどんどん良くなってきます。私の味噌ダレは、赤と白の味噌をベースに53種類の素材を詰めこみ、熟成させてから使います。

常連の日本人のお客さんにヴィーガンの方がいらっしゃって、「君のヴィーガン・ラーメンは、欧州で一番美味しい」と褒めていただきました。

ラーメンはシンプルな料理ですが、味を細かく作りこむためには、大変多くの要素が必要になってきます。

日本独特の文化でお店のレシピは秘伝とされ、他人のラーメンを簡単に再現することはできません。他の料理人から学ぼうとしても、それ自体がまた別の人から得た断片的な知識にすぎません。

しっかり日本食の基礎から学んだうえで、自分の味を築き上げることが重要だと思います。

開店当初は、ほとんど一人で働いていました。学生バイトはいるものの、自分は朝7時から深夜2時まで起きている間はずっと仕事漬け。すごく忙しい状態が1年ほど続いたと思ったら、今度はコロナ危機になってすべてが停滞しました。

実は燃えつき症候群で倒れてしまう寸前だったので、ある意味では良いタイミングだったかもしれません。

経営を見直し、新しい従業員を雇い、価格を見直したりと、ビジネスをより深く学ぶきっかけになりました。

 

なぜ店名を「ずるずる」としたのですか?

私は自分自身が満足できる日本の本格的なラーメンの味をベルギーで提供することを目指しています。ならば店名も日本らしい名前にしたい。

そこでふと修業時代の先生が「ラーメンを食べるときにはズルズルと音を立てないと、正しい食べ方とは言えないぞ」と語っていたのが頭に浮かびました。麺をすすって温度を下げることで、料理人が意図する風味を味わうことができるのです。

もちろんベルギーでは「食べるときに音を立ててはいけません」と子供の頃からしつけられるので、ズルズルさせる人はいません。でも、私のお店では音を出しても許されるし、それが日本の食習慣だよと伝えることにもなります。それで「ずるずる・ラーメン」という名前が生まれました。

 

日本から輸入した製麺機と、地元ベルギーの製粉業者から仕入れる有機栽培の小麦を使って麺を手作りしている。エネルギー危機による価格上昇や、繊細な有機作物の扱いに苦心しながらも、品質に妥協したくない一心で、今日も麺に向き合う。

 

麺はオーガニック素材で 自家製とお伺いしました。

日本から輸入した製麺機で作った、ちぢれ麺とストレート麺の2種類を用意しています。

個人的には札幌の味噌ラーメンが好きで、北海道はちぢれ麺が特徴です。味が濃い味噌ラーメンには、モチモチした食感のウェーブがかかった個性の強い麺がよく合います。

もう一つは、東京風のストレート麺です。こちらは比較的さっぱりの醤油スープと塩スープに合わせます。

横浜で人気の家系ラーメンでは、麺のゆで具合をお客さんの好みで調整します。バリ硬、硬め、普通など。

でも、ベルギー人のお客さんは料理が提供されてもすぐに食べようとはしません。その間に麺はのびていくので、うちでは基本的に少し硬めにしてお出しするようにしています。

お客さんの多くが、熱い食べ物に慣れていないので、トッピングをスープに混ぜて温度を少し冷まそうとしたりします。だからといって、冷やし中華がうけるかというと、そうでもなかったりして。技術があまり要らない料理に見えるらしく、冷たい食感もさほど好まれません。つけ麺も、スープが少ないからと損をしている気分になるようです。コンセプトが違うんですけど。普及活動が必要です。(苦笑)

 

日本人顧客の反応は?

開店するやいなやベルギー各地から日本人のお客さんが大勢やってきて、面と向かっては言われないまでも、「ベルギー人の作ったラーメンが、どれだけのものかチェックしてやる」という雰囲気を感じました。

食べ終わって「びっくりした〜、君がこれを作ったの?」という好意的な反応が返ってきて、嬉しかったです。周囲の方々にもその評判は伝わって、特にゲントにお住まいの方や仕事場がある方は、常連さんになっていただいています。

 

やりがいを感じるところは?

オープンキッチンなので、カウンター越しにお客さんと対話できるのが楽しいですね。最高のラーメンを作ろうと頑張っている姿をお客さんに間近で見ていただけるし、最初の一口目の反応を私たちも直接感じることができます。味に驚いて笑顔が広がったら、とても達成感があります。

カウンターの中での調理は5分ほどですが、実際の仕込みには二日以上かかっています。ラーメンって実は高品質のスロー・フードなんですよ。長い時間の努力が実って、お客さんの笑顔が生まれる。その瞬間が最高です。そのために働いていると言っても過言ではありません。

 

壁の絵や腕のタトゥー について聞かせてください。

長時間お店で働くのであれば、家と同じように、自分らしさを反映した空間にしたいと思いました。

風神と雷神の絵は、私がメタル音楽を好きなので、太鼓が聞こえてきそうな雰囲気のなか、地獄の炎や稲妻を見ながら辛いラーメンを食べてもらおうという趣旨です。

入口のほうにあるラーメンの絵は、ドンブリが鬼の顔をしていて、奥のお手洗いには河童がいます。妖怪を発想の源にしてJARRATさんに制作してもらいました。

自分の性格は、タヌキに似ているかなと。いたずらっ子だけれどキュートで人懐っこい。ときには悪さをするけれど、人を食べたり殺したりはしない。腕に入れたタトゥーはゲントの女性彫り師HAKUTAKUさんの作品です。お箸でラーメンを食べているタヌキがいます。私の特製ラーメンをリアルに再現し、さらに彼女は「タヌキなら大きな玉々も必要ね」と立派なのを描き加えてくれました。(笑)

骸骨は若くして亡くなった親友の死を、その対照として生を象徴する菊の花も入れてもらいました。日本の陰陽を意識したものです。

タトゥーはとても個人的なもので、自分がどういう人なのかを表現するためにあります。誰もが他の人とは違う自分でありたいと願うはずです。車だって洋服だって、みんなと同じだとつまらないでしょう。

伝統的な日本の刺青なんてベルギーでは見かけないし、自分の人生をテーマにしたオリジナル作品はよそには絶対に存在しないので気に入っています。

常に自分らしくいたいと願うのは、人間の本能です。私が頑張っていけるのも、ラーメンという自分が大好きな料理でみんなを笑顔にしたいという情熱があるからだと思います。

自分らしくいたいと願うのは、人間の本能。 大好きなラーメンで、食べる人を笑顔にしたい。

 

Editor's Note

ずるずるラーメンは、味噌、ゆず塩、ヴィーガンなどから味を選べる。辛いのが大好きという強者は、最高レベル4のスパイシー味噌に挑戦されたし。焼豚は、自然豊かなアルデンヌ地方の放牧豚から作られる。 基本は正統派のニックさんだが、期間限定で特別メニューも生み出す独創性がある。前回のバレンタイン・スペシャルは、なんと味噌チョコレート風味のスープに、リエージュ・シロップ漬けの洋梨をトッピング。となれば、次回の企画も気になります!

 

INFO

Zuruzuru Ramen Kortrijksesteenweg 110, 9000 Gent

TEL. 09 377 71 61

OPEN  火〜土曜

12:00 - 14:00(ランチ)

18:00 - 21:00(火〜木曜)

18:00 - 21:30(金〜土曜)

WEB https://zuruzuru-ramen.be

 

interview & photo : Hiroyuki Yamamoto