障害がある(かもしれない)お子さんとベルギーで暮らすための手引き【1】基礎情報

障害がある(かもしれない)お子さんとベルギーで暮らすための手引き【1】基礎情報

日本人家庭がベルギーという異国での生活に挑戦するとき、必ずしもすべてがスムーズにいくとは限りません。 小さなお子様がいらっしゃる場合、学校という協調性の求められる環境に適応できるかどうか、不安になるご家庭も多いでしょう。

学習障害という言葉はネガティブかもしれません。ただ残念なことに、個性が環境とマッチしないということは、どのような子どもにも訪れうるシチュエーションです。 子どもにはそれぞれ個性があり、その人間性が輝く環境は人それぞれです。

長年、学校探しをボランティアで支援なさってきたMKさんから、これまでの知見や連絡先、体験談などをまとめた情報を青い鳥でお預かりしました。「日本人コミュニティーの共通知的財産」として、必要な方にご参考にしていただきたいと願っております。(青い鳥編集部)

 

障害がある(かもしれない)お子さんとベルギーで暮らすための手引き【1】

2021年4月1日版 by MK

I. はじめに

1 欧州の小国ベルギーへようこそ!

ベルギーは、言語・地政学的にはとても複雑で分かりにくく、何事も非効率的で時間がかかりますが、異なることを大切にする多様で包摂的な社会です。人々は、特に陽気でも社交的でもないけれど、こちらから懐に飛び込めば驚くほど親身になってくれる人が必ずみつかります。現地の人々に交わって前向きに暮らしいただきたいと願います。

お子さんと供に充実した日々を過ごすには、まず教育を中心に考えないわけにはいかないでしょう。障害がある(かもしれない)お子さんの場合にはなおさらです。というのも、お子さんの毎日の生活において、教育機関ですごく時間はとても長く、それは言語・文化や社会のしくみに大きく依存しているからです。

従来は、「障害児教育」といえば、明らかな心身障害を持つ児童を対象にした『特殊教育』のことでしたが、90 年代初めころから、学習障害(LD)、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、自閉症スペクトラム(ASD)などの広汎な発達障害があってなんらかの支援教育が必要な子どもは、どこの社会でも全児童の1 割以上いることがわかり始めました。ここベルギーは欧州の中でも人権意識が高く、多様性を重んじる社会であること、欧州連合や国際機関が多く国際学校も多いことから、選択肢は多いと言えます。

ベルギーでは、こうした障害や学習困難を、個人の問題として片付けず、さまざまな分野のプロが関わって、社会として対応すべきだという考えがあります。家族だけで対処するには、負担が重く、潰れてしまいがちだからです。ただ、こうした手助けを十分に享受し活用するには、ベルギー社会の仕組みを充分に理解し、少なくとも英語でなんとか意思疎通ができることは必要条件といえるでしょう。

この20年余り、こうしたご家族の学校探しをお手伝いしてきた経緯から、始めの一歩としての手引きを用意することにしました。皆さんの、実質的なお役に立てれば幸いです。

 

2 渡白前にまず考えてほしいこと

まず、知っていていただきたいことが3つあります。

① 言語の壁

お子さんの教育を考える場合、日本語が礎となることが多いので、まずは日本語による教育機関をお考えになるかと思います。近年、日本国内では「特別支援学級」のある公立校は当たり前のようですが、ブリュッセルにある日本人幼稚園・日本人学校は、設備や専門性の観点から、誰でも入学できるとは限らないようです。日本語による教育をとお考えなら、なるべく早い時点から連絡をとり入学可否を確認するとよいでしょう。

ベルギーでは、教育や福祉は言語共同体が管轄しており、日本人は、蘭語か仏語の共同体が運営する教育・療育機関を検討することになるでしょう。ブリュッセル地域や蘭語圏フランダース地方では英語の通用度は高いとはいえ、教育そのものはあくまで蘭語か仏語です。お子さんの発達や学習の言語が決まるわけですので、慎重に考えてください。親御さんにも、最低限の蘭語力・仏語力を習得する覚悟は必要です。

蘭語や仏語は無理でも、英語ならという方には、国際学校という選択肢もあります。俗にインターと呼ばれるこうした学校の中には、どこの国の教育行政の枠組みにも沿っていないところもありますが、ブリティッシュスクール、リセ・フランセ、ヨーロピアン・スクールなど、それぞれの管轄教育行政のカリキュラムに沿った学校もあり、また、モンテッソーリなどの特殊な教育法を採用する学校もあります。

国際学校は、英語が通用する場合が大半ですが、教育言語はそれぞれです。ベルギーの学校としては認可されていないので補助金は受けられず、入学資格によってはかなりの学費がかかりますが、個人指導に力点が置かれていたり、支援教育の制度がしっかりしているところもあります。

② 時間的余裕

日本語の教育機関に打診するのは比較的スムーズに進むと思われます。ただ、到着して面談をした後で他の選択肢を探すのではとても時間的に厳しいのです。

ベルギーの普通初等教育(幼稚園・小学校)は、学区制はないので、どこに住んでいてもどこの学校へも入学することができます。ただ、特別な教育法を採用していたり、定評があるような学校の場合は、長いウェイティングリストがあることも珍しくありません。軽度知的障害や学習障害では、普通教育でも入学可と判断される場合もあります。いずれにせよ、9月の新年度からの入学の場合は、遅くとも6月までに学校への入学希望を出しておく必要があります。

国際学校の場合には、定員が決まっているので、さらに早めに問い合わせてウェイティングリストに乗せてもらう必要があります。

ベルギーの養護学校は、ベルギーの医師団による診断書に基づいて入学が審査されるのが普通です。日本の診断書(たとえ翻訳されていても)は考慮してはもらえても、ベルギーの福祉の仕組みに入るには、行政が認可した医師による正式な診断が必要だからです。脳性マヒやダウン症など、はっきりとした診断が出やすい場合は比較的迅速ですが、発達障害など、総合診断に何か月も要するような場合には、確定診断が出るまで入学審査の書類さえ作れずに待機となる場合もあります。初診のアポイントが何か月も先になることすらあります。

早め早めに計画的に行動することをお薦めします。職場や住居の近くに受け入れてくれる学校があるとは限りません。赴任の可能性があるとわかった時点から、早速調べたり、問い合わせたりしてください。

③ 経済的負担

ベルギーでは、憲法で教育は無償とされているため、原則として、幼稚園から大学に至るまで「授業料」はかかりません。ただ、特殊な教育法を採用している学校には様々な形での補助的な費用がかかる場合があり、また、福祉の枠組みに入る養護学校では、納税歴が5年に満たない外国人には相当額の実費が請求される場合もあります。

特殊教育法を採用する現地校の補助費は年間1000~2000ユーロ程度ですが、養護学校の実費では1~2万ユーロかかる可能性もあり、国際学校では、1万5000ユーロ~4万ユーロ程度かかると覚悟する必要があります。派遣する企業・組織に、かかる費用(の一部)をどの程度まで負担してもらえるか確認するとよいでしょう。

また、ベルギーでは、専門のセラピストが市中にたくさんいて、素晴らしい施療が受けられます。たとえば、言語療法士(ロゴセラピー)、作業療法士(エルゴセラピー)、理学療法士(キネ)、臨床心理士などです。日本ではなかなか受けられない乗馬によるヒポセラピーなどもあります。

ベルギーの医師団による診察にも、それなりの費用がかかります。通訳さんを頼まなければならないというような場合には、その費用もかかります。お子さんとご家族全員の最善のためには、赴任にかかる予算的な検討を行ってください。また、ベルギーの皆保険(ミュチュエル)があれば、セラピーの多くがカバーされるので、当地の保険に加入できないかを、事前に派遣する企業・組織と交渉しておくのも得策といえるでしょう。


3 はじめの第一歩

障害がある(かもしれない)お子さんを連れて赴任する場合や、お子さんに何かあるのではないかとの疑いがもたれる場合には、まず、家庭医を決めて相談してください。ベルギーでは、病気の有無にかかわらず、家族の健康を見守ってくれる家庭医を定めることが推奨されています。まず、家庭医を通して専門の医師やパラメディカル(言語療法士、運動療法士、作業療法士、心理療法士など)に相談し、総合的・専門的な診断を受けられるようにするというのが正攻法です。多少でも障害がある(かもしれない)場合には、子どもさんの教育・療育のことを最優先で考え行動し始めてください。

4 将来的に日本に帰る、または、 他国に赴任する可能性がある場合

ベルギーの教育・療育は、よく配慮してくれていたとしても、あくまで、基軸言語は蘭語または仏語です。特に、知的障害がある(かもしれない)子どもにとって、言語の負荷を高めないためには、やはり言語環境を複雑にしすぎないことが最善のように思われます。
もし、日本人幼稚園・日本人学校以外の選択肢を考えることになった場合、初等教育では特に、親が子どもの学びを共に分かち合い、読んだり、歌ったり、互いに語ったりすることや、支援できることがとても重要だとされています。 ベルギーの後、他国への異動の可能性がありそうであれば、教育言語をころころ変えないという意味での長期的な視野も重要だと言えます。

 5 ベルギー現地校の基本的な仕組み

ベルギーでは、前述のように教育は無償であり、2歳半から初等教育が始まりますが、義務教育は小学校1年から高校修了(普通18歳)までです。小学校は1年~6年まで、中高は一貫教育で通常セカンダリー教育またはヒューマニティ教育と呼ばれています。幼稚園から小学校に上がれるかどうかの総合審査があり、また、小学校から中学校に上がれるかの全国一斉習熟テストがあり、その結果、不適切と判断されれば、幼稚園でも小学校でも留年は頻繁にありうることで、また、社会的にも、その方が子どもにとってよりよいと考えられています。

ここでは初等教育に絞って少し説明します。初等教育では、1クラスは22人程度で、多くの場合1学年1学級。大きくても、1学年2学級程度に留まります。したがって、初等教育全体でも9クラス(児童数200人程度)といった規模の小さな学校が、歩いて行ける距離にいくつもあったりします。子どもが一人で歩いて通学したり、自転車に乗ったりして通学することは、多くの場合は12歳まではできないので、親や学校に届け出ている保護者の代理人が必ず学校まで送り迎えすることになります。学童保育は早朝と夕方はほとんどの学校で用意されています。

学校は、コミューン(区や市に相当する自治体)が運営する学校や、私立と呼ばれる宗教が関与する学校(多くはカトリック系)が一般的です。私立と呼ばれる学校でも、ベルギーに正式に学校として認可されていれば、補助金が交付され、授業料は無料で、入学試験や考査がなく、誰でも入学することができます。このほかに、アテネと呼ばれる王立学校や言語共同体直轄の特別な教育法を使用している学校も少数あります。

障害児の教育・療育には、大きく分けて、「統合方針」(米英など)を採る国と「分離方針」(ベルギー、フランスなど)を採る国があります。統合方針を採用する国では、普通学校に「支援学級」を併設しますが、さまざまな困難や障害のタイプが同じ支援学級に一緒に入れられ、それぞれに適した指導法が採用できないジレンマもあるようです。現在の理想形は、さらに包摂方針(インクルージョン)として、同じクラスの中に、定型発達の児童も、障害がある(かもしれない)お子さんも共存して助け合いながら学ぶこととされていますが、現実にはどこの社会でも、この方針でどの子にも最適な教育・療育を提供するのは難しく、試行錯誤しているようです。

ベルギーは今のところ大ざっぱにいえば、「明確な障害児」に対しては分離方針、「発達障害・学習障害」の場合には、先生たちや学校保健システム(PMS)などで査定し、学校外で、健康保険でカバーされる様々な専門家のセラピーを受けながら、普通学校に通学という状況にあるといえるでしょう。幼稚園の間は、軽度障害があっても普通校で受け入れてくれる可能性も高く、その間にベルギーの医師団による診断を受ければ、小学校から専門の養護学校に入学することもできます。

重度の障害を持つお子さんであれば、現地の養護学校は一般的によく整備されており、これまでに現地養護学校にお子さんを通わせることのできた日本人の親御さんの多くはとても満足していらしたと思います。担任教師以外に多数の専門家が少数の生徒一人一人にかかわり(小学校では1 クラス6~8人程度)、平日の学校内での教育・療育支援はもちろんのこと、現地の医療機関やサポート機関との情報連携・協力体制、給食、送迎スクールバス、休み中の運営など、行き届いたきめ細かな教育・療育を提供しています。慣れない土地で、必要なセラピーや通学のための交通手段などを学校で面倒を見てくれることは大きなメリットです。自閉症児専門学級などはとても貴重なので、よいチャンスになるでしょう。

しかし、ベルギーの養護学校の定員は不足しており、入学のためには、時間的に十二分な余裕をもって用意周到に準備する必要があります。空きがないと言われても見学を希望して、ウェイティング・リストに名前を載せてもらい、幾度も電話をかけ、足を運び、粘り強く入学希望を伝える努力が必要です。外国人であることによる入学順位の差別はありませんが、ベルギー人なら、何年も前から名前を連ねている場合が多いのです。 

また、ベルギーには、障害のある子どもを持った親が、自ら理想に燃えて学校や施設を作り、それを行政が公認して支援しているというような小規模な教育・療育機関が多々あるのも特徴です。こうしたところは、創立者の理想や理念が強く反映され、行き届いた配慮や優しさが一杯です。インクルージョン方式のクレッシュ(託児所)、身体障害児・健常児の包摂教育、自閉症児・者の教育療育総合施設、軽度知的障害児専門の中学校、高校、重度重複障害児の一時預かりセンターなど、「脱帽、すばらしい!」の一言ですが、数年の赴任期間では順番が回ってきにくいのが実情です。


6 軽度の発達障害や学習障害がある(かもしれない)お子さんの場合

言語を考えると、第一選択は日本人幼稚園や日本人学校とされる場合が多いでしょう。

次に、経済的に可能であれば、1)大規模なインター校、あるいは逆に、2)特殊教育法を採用する小規模な学校を検討してみることをお薦めします。

大規模なインター校では、英米系の『統合教育方針』を採用し、様々な専門家のほか、専門指導のできる補助教員が多く配置されています。

一方、モンテッソーリ(Montessori)、シュタイナー(Shteiner)、フレネ(Freinet)、デクロリー(Decroly)などの特殊な教育法を採用している小規模校は、多少の障害は子どもの個性としてポジティブに許容・尊重し、個人指導に重きを置く教育指導方針を採っています。

モンテッソーリ法は日本でも、また世界的にも最も知られていますが、ベルギーでは、私立の国際学校という設定の中で行われている場合が多く、従って授業料は安くはありません。

シュタイナー(Steiner)、フレネ(Freinet)、デクロリー(Decroly)などの教授法は、ベルギーのごく一部の普通学校でも採用されていて、多少の補助費用がかかりますが、国際学校ほどではありません、ウェイティングはかなり長い可能性があります。

 

2020年版 コロナ危機が起こった年に

発起人:元気ママの会有志

賛同・協力者: RT君のお母様、HTちゃんのお母様、IM君のお母様、KY君のご両親、KYちゃんのお母様、RK君のご両親、臨床心理士・川瀬まりさん 他

お断り:情報の正確さには最善を尽くしていますが、作成者は一切の責任を負うことができません。 ご理解ください。

ボランティア精神をベースにまとめたので、基本的にこれを商業利用はしないでくださるようにお願いします。日本人コミュニティーの共有知的財産として必要とする方に役立てていただけることを祈ります。 なるべく年に一度は更新(変更、追加、削除、備考、体験記追加など)するようにしますが、アップデートできていない情報もあるということをご理解の上、参考にしていただければ幸いです。このバージョンは、2021年4月1日更新版 by MKです。他の方が更新して公開してくださる場合には、同じようにして、更新日時とイニシャルを付記してください。