ロシアの国民詩人アレクサンドル・プーシキンの同名の戯曲をもとに、作曲者が台本を書いたオペラ。
ロマノフ朝の成立(1613年)までの15年間は、暗殺や真の皇帝だと名乗る僭称者が次々と現れた政治的混乱期で、ロシア史の「動乱時代」と呼ばれる。
帝位を狙った貴族ボリス・ゴドノフの指令によるイワン雷帝の息子のドミトリー皇子暗殺説については現在では否定的な見解が多いが、この史劇は権力側から警戒され続けている。
有名な「展覧会の絵」を作曲したムソルグスキーは、西欧の音楽アカデミズムや伝統に反発し、ロシア民謡や歴史を素材にした作品を多く残すロシア国民楽派「ロシア五人組」の一人で、このオペラではバス歌手を主人公にし、女性歌手が少なく、ロシア語や民謡、合唱を生かしたロシア・オペラの最高傑作を作曲した。
今回のモネ公演は、物語が場面ごとに展開する初演版(1869年版)で上演し、演出家Vasily Barkhatovは、狂気と罪悪感に苦悩する君主であると同時に愛情深い父親であり、終わりのない権力闘争に巻き込まれていく皇帝ボリス・ゴドノフを描く。
♪Boris Godunov「ボリス・ゴドゥノフ」
作曲:Modest Petrovich Musorgsky(ムソルグスキー 1839~1881年)
初演:1928年2月16日(1869年版)サンクトペテルブルク(レニングラード・オペラ・バレエ劇場)
指揮:Alain Altinoglu、Dmitry Matvienko 演出:Vasily Barkhatov
公演日:6月10、12、15、18、22、24、27、29日
開演:19:30 日曜日15:00
チケット発売開始日:11月27日
モネ劇場サイト(英語)
https://www.lamonnaiedemunt.be/en/program/3937-boris-godunov
詳しいあらすじ:
第1部:
第1場:1598年 モスクワ近郊ノヴォデヴィチ修道院-民衆がボリスに帝位を乞う場
序曲は無く、短い緊迫した感じの前奏で始まる。
幕が上がると、修道院の中庭を人々が大勢うろつきまわっている。
警吏長ニキーティチ(バス)が登場し、警棒で脅しながら人々に「突っ立ってないで跪いてお願いしろ」と命令する。
人々はそれに応じて大声で請願する。
民衆の合唱《何故我等を見棄てられるのか、我等が父よ!》しかしその実、何をお願いしているのかよくわからず、警吏長ニキーティチの姿が見えなくなると、農民ミチューハ(バリトン)を始め、それぞれが勝手にお喋りを始める。
再度、警吏長ニキーティチが姿を現し人々を脅すので、また大声を上げてお願いし始める。
貴族会議の書記官シチェルカーロフ(バリトン)が現れると、警吏長ニキーティチは人々を制し話を聴くように命じる。
書記官シチェルカーロフは、アリア《正教徒たちよ!公は聞き入れて下さらない》で、ボリス・ゴドゥノフが人々の願いも空しく、頑として帝位に就こうとしないと伝えて修道院の中に消える。
続いて巡礼の一団が登場し《神の栄光を称え、聖像を持ってツァーリをお迎えに行くのだ》と合唱し修道院に入っていく。
巡礼の一団が去った後、農民ミチューハ等が「聖像を持ってどんなツァーリを迎えに行くんだ? 誰を? ボリスか?」などと話していると、警吏長ニキーティチが修道院から出てきて「明日の朝、クレムリンに行き命令を待て」と伝える。
人々は「なるほどクレムリンでも大声上げろってことか」と呟く。
第2場:1598年 モスクワ・クレムリン大聖堂広場-戴冠式の場
大聖堂広場にモスクワの民衆が集まっている。
鐘が鳴り響く中、ボリスの首席顧問で大貴族シュイスキー公爵(テノール)が登場し、「ツァーリ・ボリス・フョードロヴィチ万歳!」と叫ぶ。
民衆がそれに応えて「長寿と健康を我等が父なるツァーリに!」と叫ぶ。
シュイスキー公爵の音頭取りで、民衆は《空には既に輝く太陽が》を大合唱し新皇帝を称える。
やがて戴冠式を終えたボリス・ゴドノフ(バス)が王笏(おうしゃく最高君主の象徴的な杖)を手に持ち、貴族やその子弟を従えて大聖堂から姿を現す。
貴族も一緒に万歳が繰り返される中、ボリスは権力者の責任を痛感し、有名なボリスのモノローグ《我が魂は悲しむ》を歌い独白する。
民衆の合唱《光栄あれ!》で再び歓喜の声が沸き上がり、アルハンゲルスキー大聖堂から出てきたボリスが宮廷へ向うところで第1部が終わる。
第2部:
第1場:1603年 クレムリンのチュードフ奇蹟修道院の僧坊-僧坊の場
真夜中の僧坊。
修道僧で年代記の編纂者でもある老高僧ピーメン(バス)が、ランプの灯りを頼りに年代記を書き綴っている。
有名なアリア《あと一つの話で年代記は終わる》。
若い修道僧グリゴリー(テノール)はその横で眠っているが、悪夢にうなされて目覚める。
それは何度も見ている夢で、高い塔に登った自分が下を見ると、モスクワの群衆が自分を指差し嘲笑っている。
いたたまれなくなった自分が塔から真っ逆様に落ちるとそこで目覚めるというものであった。
ピーメンは「若い血がたぎるせいであろう」とグリゴリーを宥め、自分が書き終える年代記の恐ろしい内容[ボリスによるイワン雷帝の息子のドミトリー皇子の暗殺]について語る。
ピーメンは、実際に暗殺場所のウグリチに赴き、殺人者達がボリスの指示でドミトリーを殺害したと白状するのを目撃したという。
ピーメンの話を聞いているうちに、グリゴリーは死んだ皇子ドミトリーが生きていれば自分と同い年であることを知る。
やがて夜が明け、朝の勤行のためピーメンは立ち去るが、野心家のグリゴリーは、心中密かにドミトリー皇子の名を騙ってのボリス打倒を企てる。
第2場:1603年 リトアニア国境付近の旅籠-旅籠の場
この場で奏される3つの主題からなる前奏で始まる。
旅籠の外で声がして、逃亡僧で浮浪人であるヴァルラーム(バス)とミサイール(テノール)が現れ、二人に続いて道案内になりすました修道僧グリゴリーが旅籠へ入って来る。
彼はモスクワに居られなくなり、ここまで逃げてきたのである。
リトアニアへ入るまで安心できないと言うグリゴリーに、ヴァルラームは酒さえあればどこでもいいと言い、女主人(メゾソプラノ)が持ってきた酒を飲み干して《昔カザンの町でイヴァン雷帝は》を豪快に歌い始める。
やがて酔いが回ったヴァルラームは《奴は馬で走る》という曲をぶつぶつ歌いながら眠り込んでしまう。
その横でグリゴリーは女主人にリトアニアまでどれ位かかるかを尋ねる。
関所があって警吏が見張っていると言われてグリゴリーは青ざめるが、彼女は脇道へ逸れれば大丈夫と言う。
やがて扉がたたかれ、国境管理の警吏たちが入って来る。
警吏は三人を尋問し、根拠も無いままヴァルラームをお尋ね者である修道僧グリゴリー・オトレピエフと決めつける。
無論、ヴァルラームは否定する。
モスクワから届いた命令書にはお尋ね者の人相が書かれているのだが、警吏たちは誰も文字が読めない。
するとグリゴリーが自分が読めると言い、内容を偽ってお尋ね者の人相をヴァルラームそっくりに読むので、警吏たちはヴァルラームに飛びかかる。
びっくりしたヴァルラームは、命令書をグリゴリーから引ったくり、一文字一文字たどたどしく読み始める。
読んでいくうちにお尋ね者の人相がグリゴリーにそっくりであることに気がつくが、グリゴリーは持っていたナイフを振りかざし、旅籠の窓から飛び出していく。
ヴァルラーム、ミサイール、警吏たちが「奴を捕まえろ!」と叫びながら後を追ってゆき、第2部が幕となる。
第3部:1604年 クレムリンのテレムノイ宮殿にある皇帝の居間-クレムリンの場
ボリスの娘クセニヤ(ソプラノ)が、急死した彼女の許婚の肖像画を見て泣いている。
弟のフョードル(メゾソプラノ)とクセニアの乳母(アルト)が慰めるが、なかなか笑顔を見せない。
楽しくさせようと二人で滑稽な踊り歌を歌っているところへ、ボリスが登場し、クセニヤを慰め、乳母とともに別室へ下がらせる。
残ったフョードルに何をしているか尋ねると、「地図を見て地理の勉強をしているという」答えが返って来る。
ボリスは息子に「この国全てがお前の物になる、勉強を続けなさい」と言い、物思いに沈む。
自分は権力を手に入れ、6年の間、国を無事治めてきたが、心に幸福はない。
娘の許婚の急死、大貴族の裏切り、外国の陰謀、飢饉や疫病が続き、全ての罪が自分にあると国中で怨嗟の声が上がっていると歌う。
モノローグ《私は最高の権力を手にした》。
突然、舞台裏で悲鳴が上がり、ボリスはフョードルに様子を見に行かせる。
入れ替わりに侍従がやって来て、シュイスキー公爵が目通りの許可を求めてきたことを伝え、同時に彼が何か企んでいることも伝える。
戻ってきたフョードルは、騒ぎはオウムが乳母達に飛びついただけと報告する。
手際よく報告した息子をボリスは褒めるが、「将来ツァーリになったら信頼出来る相談役を持たねば駄目だ」とちょうど入って来たシュイスキー公爵に当て付ける様に言う。
シュイスキー公爵は、リトアニアにドミトリー皇子の名を騙る僭称者が現れたと報告する。
驚愕したボリスはフョードルを下がらせ、シュイスキー公爵に対応策を指示し、出発させる。
が、思い直して、シュイスキー公爵がウグリチで確認した子供の遺体は本当に皇子ドミトリーだったのか訊ねる。
シュイスキー公爵が「血にまみれ、恐ろしい傷が口を開けているにもかかわらず、清らかで輝くばかりのお顔は、確かに皇子のもの」と答えると、ボリスは気分が悪くなり、彼を下がらせ、ソファーに倒れ込んでしまう。
この時、居間に置かれていた大時計が時を告げ始める。
ボリスは錯乱状態になり、血だらけの子供の幻を見る(時計の場)。
自分は人民に選ばれたツァーリだとボリスは叫び、神に救いを求める。
第4部:
第1場:1605年 モスクワ聖ワシリイ大聖堂前の赤の広場-「聖なる愚者」がボリスを人殺しと非難する場
飢えた群衆が辺りを歩き回っている。
農民ミチューハを先頭にして一群の男達が大聖堂から出て来る。
ミチューハは、大聖堂の内部では、逃亡した修道僧グリゴリー・オトレピエフの破門、亡きドミトリー皇子への追善の祈りがなされていたことをみなに語る。
みなは「生きているドミトリー皇子に追善の祈りだなんて罰当たりめ、ドミトリー皇子の軍隊がもうすぐやって来て、ボリス達に死を下される!」と息巻くが、老人達にだまって待っていろとたしなめられる。
そこへ子供達とともに聖愚者(テノール)が登場、子供達は彼が持っていた銅貨を取り上げてしまう。
聖愚者が泣いているところへ、ボリスがお供を連れて大聖堂から出て来る。
人々は跪いてツァーリ・ボリスにパンを請う。
お供の貴族達が施し物を与えるが大勢には行き渡らない。
その時、聖愚者がボリスに対して訴える。
「子供達が自分の銅貨を取った。子供達を殺してくれ。あのかわいそうな皇子を殺すことを命じたように」。
横にいたシュイスキー公爵が、聖愚者を捕らえるよう護衛に言うが、ボリスはそれを制して、聖愚者に自分のため祈ってくれと頼む。
しかし、彼は「ヘロデ王のために祈ることは聖母様が許さない」と言ってこれを断る。
ボリスも群集も立ち去り、聖愚者は一人寂しく《流れよ、流れよ、苦い涙!》を歌う。
第2場:1605年クレムリンのグラノヴィータヤ宮殿-大貴族たちの会議とボリスの死
ボリスは貴族達を招集し偽ドミトリー皇子への対応策を協議させる。
会議の冒頭、書記官シチェルカーロフがボリスの言葉を伝えるが、ボリスは姿を見せない。
貴族達は威勢良く、偽ドミトリーを拷問し、死刑にし、死体を晒し者にすると票決する。
貴族たちの合唱《さて諸君、票決と行こう》。
シュイスキー公爵が遅れて入って来る。
彼は貴族達に、子供の幻に怯えて錯乱するボリスの様子を自身で真似をしながら話す。
ちょうどその時、ボリスがまさにそのままの狂態で議場へ入って来る。
一旦、気が静まったボリスだが、シュイスキー公爵が連れてきたピーメンが話すアリア《ある日の晩のこと》を聞くうちに再びおかしくなる。
死を悟ったボリスは、息子フョードルを呼び別れを告げる《さらば我が子よ、わしはもう死ぬ》。
弔いの鐘が鳴り、哀悼の歌が流れる中、ボリスは死ぬ。
「鐘だ!弔いの鐘だ!」。
貴族達の「亡くなられた」という呟きとともにオペラの幕となる。

