マヨルカ紀行 2019

マヨルカ紀行 2019

記事インデックス

その3 【素顔の島民が食べるもの】


食堂を意味するスペイン語の言葉が「タベルナ」というのは、日本人からすると奇妙だけれども、はいそうですかというわけにはいかない。食べるために来たのであり、お店のほうも食事を出してこそ商売が成り立つ。
郷土料理。旅に出たからには、そこでしか味わえないものを食するのが楽しみである。

マヨルカで、個人的に気に入ったのは、フリート・マヨルキンという料理。豚レバーとジャガイモその他の野菜を油で炒めた素朴な味である。内臓を使ったクセの強い味なので、こういうのを受け付けない人にはおすすめできない。ただ、赤ワインに合わせると面白いし、ジビエのようにもっと強烈な味に比べれば、なんということもない。

この味にたどり着いたのは、旅も後半にさしかかってからだった。最初は観光客が喜ぶような上品なレストランで、上品な料理にあたっていた。ベルギーに比べると、それでも値段が安いので、特に気にしていなかったが、お店に入るとよくドイツ語が聞こえてきた。マヨルカはドイツ人のバカンス旅行者が多いことでも知られる。余所者がいるということは、島人専用の食事処ではないという証拠だ。

失礼ながら、ドイツ人が普段のストレスを南国で発散すべく、ビールを大量に飲んで大騒ぎするのではないかと偏見を持っていたところ、まったくの肩すかしをくらった。彼らは恐るべき静かさで、厳粛な態度で食卓に向かうのである。同じ店にドイツ人のグループがいると見るや、さらに声のトーンは下がる。隣にドイツ語が分からないであろうアジア人が座ると、ああ、ドイツ人じゃなくて良かったという安堵の表情を浮かべる。

マヨルカでは、あまりにもドイツ人旅行者が多いので、お店の人がドイツ語を話すのが日常となっている。レストラン用のドイツ語講座なんてのがあるのかしら。

あるとき、あまりにも流暢なドイツ語を話す雑貨屋の女性店員に驚いていたら、その女性はどうも元来がドイツ人で、マヨルカに移住してきた人のようだった。ビーチの商店街でWurst Shopなんて看板を見て、驚いたりもした。ヴルストはドイツ語でソーセージを意味する。故郷の味が恋しければ、ここに来るのだろう。

マヨルカでもソーセージのようなものがあると思って見ていたら、これはソブラサーダという豚肉の柔らかいパテだった。少し辛味のあるパプリカの粉が練り込まれているので赤っぽい。ナイフでパンに塗って食べる。これも若干のクセがあり酒に合う。

さらに豚料理。ミートボールのトマトソース煮込み。これも地元の人しか行かないタベルナで出会った。シンプルながら、なかなか美味い。家庭料理みたいだ。本当に島民が食べているものは何?というと、こうした普遍的な料理や、町でよく見かけるピザやサンドウィッチ、パスタなんかが多いのだろう。

きれいなレストランで立派なタコや魚を食べても、それだけだとお化粧をした昼の顔しか見ていないような気がした。地元の人しか行かないであろう裏道でタベルナを見つけて飛び込んでみると、また違う世界が広がって見える。

化粧を落とした素顔のマヨルカの島民は、よくタバコを吸い、たくさんビールを飲み、家族と友達で集まってよくしゃべる。

子供が走り回るガヤガヤとした空間には犬もいるし、猫もいる。

おしゃべりに華の咲くマヨルカの夜は長い。

 

(おしまい)

おすすめ新着記事