ベルギーの冬の風物詩といえば、鍋から溢れんばかりのムール貝と、カリッと揚がったフリッツとマヨネーズ。これぞベルギー人がこよなく愛する永遠の定番料理です。でもこのムール貝、冬が本番というわけでもありません。解禁日は年にもよりますが、7月中旬ごろです。
「ムール貝の到着!」と新聞でその解禁が報道され、スーパーやレストランに大きなポスターが貼られると、もう居てもたってもいられないベルギー人。ムール・フリッツをめざし突進。そして巷では、“もうムールを食べたか。今年は丸々と太って近来にないほどの美味さだ”などと話題の中心になります。なんだか「初鰹」は女房を質に入れても、という江戸っ子みたいですね。
迷信
「R」のついた月がムール貝を食べる時と、頑固に信じている人も多いようですが、シーズンは7月中旬から翌年の4月初旬ごろまで。なぜなら、復活祭を境にして、オランダでの水揚げの競りが終るからです。
さて、今までは、夏のパラソルの下、額に汗して鍋いっぱいのムール貝を食べている人を見かけると、暑いのにご苦労さんと苦笑して見ていた私ですが、今後は仲間入りをすることにしました。実は、ムール貝の栄養分のエキスは、シーズン初めのほうがグーンと濃く、真夏に食べるのは理に叶っているのです。たんぱく質などは「R」の月よりも多く、日本の盛夏の風物詩、土用の丑の日に食べる鰻と同じように、暑い夏を乗り切るための食材といえます。
ムール貝のたんぱく質はステーキ1枚と同じだけあるのに、カロリーはその25%もありません。加えて、ミネラル分、カルシウム、リン、鉄分、ビタミンCが豊富で、セレンやヨードなどという肉にないものも含みます。ストレスの多い現代人や健康志向の人にピッタリの健康食なのです。
ムール貝とは
ムール貝は世界中の海に生息している軟体動物です。極地の海でも暖かい海岸沿いにでも住めますが、野性のムール貝はその成長がとても遅く、身も痩せているうえに味も劣るため魚の餌として使うぐらいしか利用法がありませんでした。
では誰が養殖を思いついたのでしょう。説は幾つかありますが、アイルランド人というのが一般的なようです。1235年、アイルランド船がフランス沖で難破。助かったパトリック・ウォルトナムが、食料にする海鳥を捕まえるため、支柱を立てて綱をはり待ちかまえていました。あるときフッと見ると、支柱の海中の部分に、ムール貝が塊となって付いているではありませんか。これが養殖を思いつかせたとされています。
フランスでは、養殖するために使う木製の網垣をブッショ(Bouchots)と呼ぶため、この方法で養殖したムール貝のことをブッショのムール貝と呼びます。ちなみに、オランダ産よりは小粒です。
オランダの養殖法
ベルギー人の大好きなムール貝はオランダの西北に位置する、北海に面して広がるゼーランド(Zélande)と呼ばれる地域から来ます。ここはカキの養殖でも有名な地域で、ムール貝はWaddenzee とOosterschelde の2ヶ所で養殖されています。
オランダ式養殖は海底式と呼ばれるもので、読んで字のごとく海底が舞台です。ムール貝のゆりかごともいうべき上記の2ヶ所は、陸の内部深く入り込んでいるうえに、周りが小島群でグルリと囲まれているので、北海の荒波や嵐から守られています。更にこの地区は、満ち潮でも3メートルぐらいで、引き潮になると海底が現れるほどの浅瀬。海底は硬くて平ら、しかも肥沃な泥炭土で覆われているという好条件。大波のうねりが少なく、一日2回の潮の満ち引きが、栄養タップリの新鮮な海水を運んできます。
養殖所としてこれ以上理想的な場所はありません。外敵や天候の脅威のない環境の下、ムール貝は2年間のんびりと育ちます。
ムール貝が我々に届くまで
春から夏にかけて何百万というムール貝(幼生)が誕生。海岸、入り江、海峡を漂うこと約一ヶ月。その間に殻が作られその重みで海底へ沈みます。ムール貝の赤ちゃんは足糸と呼ばれる小繊維の束を出し、そのあたりの岩、海藻、またはお互い同志絡みつきます。これが野性のムール貝。
(1)養殖には幼生が必要ですが、やたらに採集できません。法律により決められた割り当て量があり(これは天候などによりその年毎に変わる)各養殖業者が1年に2回採集します。
(2)採集した幼生は業者ごとに区切られた養殖場に放され、ここで赤ちゃんから青年(約4センチ)になるまでの1年間を過ごします。
(3)ムール貝の青年たちはその後、餌になる植物プランクトンがより多く、ヒトデやふじつぼという天敵の少ない2番目の養殖場に移され成人します。
尚、これらの養殖場には政府の衛生機関(RIVO)の検査が常に入り、水質とムール貝を厳しくチェックします。ムール貝は毎時10リットルという多量の海水を飲み込み、フィルターにかけ餌のプランクトンを食べるため、公害にとても敏感で弱いのです。また、消費者がムール貝を食べて起こす諸々の病気(下痢、吐き気、痙攣)の原因となり得るバクテリアなどの早期発見・予防も彼らの重要な任務です。
(4)特別の採集網を取り付けた小型船で採集。海から引き上げる時に、採集網を海中で充分に振うのがミソ。これでかなりの量の砂や泥が振るい落とされます。
(5)船から工場に運ばれたムール貝が先ず入れられるのが、巨大な「洗浄タンク」。8時間~12時間という長い間、ここで海水のシャワーを浴びます。足糸同志で繋がっている貝をばらす為、大きなブラシによるローリングも受けます。冬は寒さのためしっかりと足糸同志で絡み合うムール貝も、夏はそれがルーズになるので、季節により洗浄時間が違います。ムール貝は、今までの移動の間の緊張からとき放されリラックスし、美味しい海水を飲もうとそれまで抱えていた海水や砂などを放出。もちろん与える海水は予め何層ものフィルターにかけて、しっかり砂、泥、異物が除かれています。
(6)砂をすっかり吐き出したムール貝は破損、異物が付いていないかなどの肉眼でのチェックを受け、次のステップへ。洗浄、サイズの選別、7度の冷たい海水中での一時的な保管(冬眠状態に置く)と、全て自動的に操作。その後、もう一度肉眼での最終チェックを受けてから、パッキング、出荷となります。パッキングに際しては酸素混合ガスを吹き込むので、冬眠中であまり酸素を必要としないムール貝が、新鮮なまま手元に届くというわけです。また、輸送のトラッックも冷蔵車なので、一貫した低温のもとスヤスヤと眠ったムール貝が店頭に並びます。
ムール貝を買ってきたら
(1) 流水で洗うだけで塩水に漬けません(ベルギー人は洗いもしません)。足糸も味が出るというシェフもいるぐらいですが、気になる人は引っ張って取り除きます。
(2) そうこうしていても口を閉じない貝は、熟睡して寝覚めの遅い貝か、死んでいる貝。流水の下、貝と貝をコンコンと軽く叩き、ゆっくりと閉じれば生きている証拠。直ぐ調理しない場合は冷蔵庫で保管。
(3) 調理はスピードとの競争。サット強火で。火を入れてもまだ口を開かない貝は捨てます。
スーパーなどで手軽に手に入るムール貝。セロリと玉ねぎ(または白ワイン)と一緒に煮て、是非ご家庭でお試しください。
文・ボナペティオンライン
取材協力:Aqua Mossel