ベルギーには一風変わった名前のビールが多い。「悪魔」「ギロチン」なんて不吉なものもあるが、筆頭格とも言えるのがこのマラー。フランス語で「不幸」を意味する。「何を飲んでいるの?」「不幸を飲んでいるのさ」という会話がカフェで生まれるわけだ。
さて、名前は突拍子もないが、マラー12はなかなかの実力者。World Beer Awards 2014のダーク部門で金賞を受賞。その前は2008年にサンディエゴで開催されたワールドカップで銀メダルを穫っている。
ビールは希少価値の高いヴェストフレテレン Westvleteren を思わすどっしりとした重厚さ。写真では真っ黒に見えるが、光にかざすとわずかに赤味を帯びた濃い琥珀色で、開栓時の泡立ちはいい。アルコールは11.5%と強い。ホップの華やかな香りと、ローストされた麦芽の香ばしさが心地よい。味わいはキャラメル、ダークチョコレート、チェリーを思わせる。最初は糖分が甘いと感じるが、飲み進めるにしたがって、あまり気にならなくなってくる。酔っぱらってしまうからだろうか?(苦笑)バランスのとれた香りと味わい。完成度は高いと言える。
歴史
マラーの醸造所は元々が18世紀まで歴史を遡ることができる。ブリュッセル、アントワープ、ゲントの3都市のちょうど中間あたりに位置するバースローデ Baasrode という村に1773年に生まれたバルタザール・ド・ランツヘール Balthazar De Landtsheer が現在ブリュージュにある「半月」De Halve Maan 醸造所を創設した。それを受け継いだ息子エドワルドはバールスローデの市長にもなる。さらにその跡を継いだエマニュエルが1839年に現在の醸造所であるバールスローデ南部に 't Meuleke という醸造所を開設。これが De Zon に改名された。オランダ語で「太陽」の意味だ。ビールの色が光り輝く太陽のようなオレンジ色をしていたからである。
このファミリービジネスは順調に展開していたが、2度の世界大戦の影響でビール製造は中断してしまう。エマニュエルは軽いピルスナー系のビールのほうが人気を博していることを見て、オリジナルのビール醸造をやめてボトリングと販売に転向してしまう。彼はメヘレンの Lamot 醸造所やトラピストビールの Westmalle 、さらに輸入業者の Pilsner Urquell と組んで商売を続ける。エマニュエルの息子アドルフもこの路線を継続しつつ、Bruggenhout の市長を33年間も務めることになる。
転機は1997年の8月、アドルフの息子マニュが Bruggenhout の村にマラー醸造所を設立することからはじめる。神秘的な雰囲気もあるという市場調査の結果もあり、マラー「不幸」という名前が採用され、醸造というファミリー本来のビジネスを取り戻した。現在は、フランダース伝統の製法が尊重されつつも、モダンな施設でビールが製造されている。