マンマ・ローマ Mamma Roma

久しぶりにセンターのMamma Romaでピザを食べたら、もう全然普通の味というか、5、6年前にシャトランで食べたときの感動はまったく感じられなかった。例年に比べて暖かいとはいえ、11月も中旬で暗く小雨の降り注ぐブリュッセルの中心地で、なんだか切ない気分になった。

いや、別にまずくはないし、ちょっとした空腹を満たすには悪くない。第一、ピザなんてジャンクフードの王様みたいなところがある。過度の期待を持つほうがどうかしている。

僕が頼んだのはトリュフ・ポテトとマルゲリータの2種。小さめに切ってもらって、オーブンで温め直してもらい、ベルギービールと一緒にテーブルまで運んでもらった。一連の接客は感じが悪くないし、ストレスのたまる中心街で普通に客として扱ってもらえるありがたみは、パリなんかに比較するとブリュッセルの人間らしさがあっていいと思う。

お兄さんがたはユニフォームであろうバンダナを鉢巻きのように額に巻いて働いている。店の奥から英語が聞こえてきた。店内は明るく、安い木のテーブルと人工的なペンキに塗られた壁が、いかにもファストフードの印象を演出している。日本でいうと、モスバーガーをちょっとチープにした感じだろうか。

昔のMamma Romaを思い出してみると、あまり気をつけていないうちにだいぶ変わってしまった。昔はもっと入りづらい地元のレストランやパン屋のようで、イタリア人が働いていたし、美味しいものを作って提供することについての熱が感じられた。あるとき、レジにいたイタリア人の女の子が「私は日本語を勉強しているの」といって話しかけてきた。日本びいきのイタリア人は多い。すっかり仲良くなって、よくピザを買いにいったものだ。

イタリアを旅したり、ベルギーでもイタリア人に会うことがよくあるが、「働くイタリア人」は男も女も実にセクシーでかっこいい。揺るぎない自信をもって仕事に取り組み、クウォリティーに誇りをもち、何より最初に自分自身が「いいもの」を知っている。タクシーの運転手でさえ、プロフェッショナルな人にあたると、最短最速しかもリーゾナブルな価格で行ってくれる。(割合は低いけれど)

彼らの真剣な眼差しを見ていると、なるほどヨーロッパではこういう風に仕事をこなすのだなと、体験として人生哲学を学べる。だから、イタリア人と仕事というテーマで書かれた本も存在するし立派に成立する。

Mamma Romaはいつからか、フランチャイズを始めた。ピザは同じ素材で同じ作り方をすれば、比較的容易に同じ味になるからだとは思うけれど、成功して拡大すると質が劣化するパターンは、いかにも現代的な「フランチャイズ」という概念の宿命のようだ。

なるほど、軽い食感の生地に分かりやすい味のトッピングが施されたピザに、面と向かってマズイという苦情は出しにくい。あえて苦情を言うとすれば、「以前あった本物の味わいがなくなった」と言えばいいのだろうか。それでもイタリア本国の味のひと欠片だったかもしれないものがなくなっただけだ。昔の雰囲気も返してくれと言いたいところだけれど、それでは精神を病んだクレーマーだ。

これより数日前に、ホテル・デ・モネ駅近くのイタリア料理店に行った。この店の壁と天井には、近くに住んでいた老年の画家が紙の使い捨てのテーブルクロスに落書きした大量のスケッチが画鋲で貼付けられていた。

お店のオーナーが黒板にたくさん書き込まれたメニューを、上から下まで延々と説明してくれる。こちらは時間がかかるからオススメだけかいつまんで説明してくれたらいいよ、と言いたいのをぐっと我慢して、悠然と繰り広げられるフランス語とイタリア語でのメニュー紹介を拝聴する。僕はお肉料理を頼んだ。ローズマリーと岩塩が効いた特徴ある味で、もちろん美味しい。

ワインを注ぎにきてくれた別のシニョールは『ゴッド・ファーザー』に出てきそうな渋い佇まい。食後に若い女の子がコーヒーを運んできてくれる。細かくカールした髪の束が大きく爆発したようなヘアスタイルの奥から、澄んだ目でまっすぐこちらの目を見つめてくる。キッチンで重そうな袋を運んでいる体の大きなお兄さんも、この劇場の登場人物はみなイタリア人だ。

Mamma Romaと比較して論じては、彼らは心外に思うだろう。

 

15.nov.2014 Bruxelles