チルチルのひとりごと 不機嫌なスープ

近所に新しくできたカフェは、お洒落でファミリー向けの雰囲気である。

気にはなっていたが、コロナで外食の機会はぐんと減り、まだ訪問できずにいた。

とある週末、郵便を受け取りに行ったついでに、どうせなら遅めのランチをとろうとなって、妻と二人で新店カフェの敷居をまたいでみた。

キッチンカウンターでは、お洒落で綺麗な若い女性が二人働いているが、どうも様子がおかしい。

一人は我々を一瞥するも、素通りしていき、もう一人のお姉さんもなぜか不機嫌そうだ。

 

透明アクリル板ごしに、「スープをください」と注文した。

すると、「ないわ! 売り切れ。もう遅すぎるのよ」という、感じの悪い返事が返ってきた。

たしかに仕事のない週末、朝は遅く起きるので、その日一日の食事のタイミングは遅くずれこむ。

だからって、この客あしらいは、ひどい。お洒落でファミリーな雰囲気のお店で、店員さんたちの態度だけが、すさんでいる。

他にもキッシュやタルトがあるので、別のものを注文するという選択肢はあるが、もはやこの場所にいるのがしんどい。

「スープがないなら、いいです。さようなら」と退散した。

 

こういうことは華の都パリでは頻繁に起こるが、ベルギーではあまり経験しない。

パリのカフェで学んだのは、嫌だなと思ったら、さっさと立ち去って別のお店に行くべし、という教訓である。とどまって議論したり、無理な我慢をしても、得るものは何もない。

 

私のなかの日本人が、「お客様に対して失礼」という主張をしてくる。

申し訳ございません。スープは品切れでございまして、別のものはいかがですか?」というのが正しい。謝罪しろ。お客様は神様だぞ。

 

・・・でも、欧州では通用しない。客は神どころか、知らない人の集団で、ゴミ以下の存在。もっとひどい言葉で形容されることもある。

常連という肩書きを手にした一握りの人々だけが、仲間として丁重に扱われる。

まあ、とにかく上下関係はないのである。

 

 

別のサンドウィッチ・カフェの話をしよう。

 

昔、ブリュッセルのセンターに事務所を借りていて、よく運河沿いのお店にランチを食べに行っていた。

 

そこは、飲食業界の職業トレーニング・センターが運営していて、仕事のない人たちが機会をもらって働く場所である。だから、ちょっと動作が素人くさいのだが、スタッフが仲良く働いている雰囲気が素敵だった。

 

「今日のスペシャル・サンドウィッチ」は、彼らが考案した様々な具材を詰めこんだ日替わりのメニューで人気である。

 

ある日、遅めのランチタイム。

スペシャルをちょうだい」という私。

遅すぎるわ。もうスペシャルは売り切れたの。たくさん作ったのに、全部売れたわ」と、レジのおばちゃんが自慢げに宣言するではないか。

用意したものがすべて完売した、純粋な喜びに満ちている。

 

このときも、私のなかの日本人が、「多少売れ残るくらい作ったほうが、廃棄が出るにしても売上アップにつながるんじゃないか?」なんて、余計な経済のことを考えている。

 

ただ不思議なことに、「全部売れたわ」を連呼するおばちゃんに祝福の気持ちすらあれど、嫌な気持ちにはならない。

それどころか、食品廃棄が問題の今日、よく全部売り切った、偉いぞ! という喝采を送りたい。

ブリュッセルの運河に、凱旋行進曲が響き渡る。

 

日本のお客様を大切に思う美意識も素晴らしいが、ベルギーの気分屋っぷりもまた、それはそれで味なのです。

 

4.oct.2020

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