ミチルのブリュッセルの街をお散歩編「ブルンジの赤い指輪」

コンゴがベルギーの植民地であったことは周知の事実だが、他にベルギーの植民地であった国はどこか、すべての国名をスラスラと挙げることができる人はそう多くないのではないだろうか。

ある晴れた土曜日の午後、ブリュッセルのダンサール地区でウインドウショッピングをしているとき、アフリカの工芸品を扱っているアンテナショップのウインドウの前で足を止めた。

とても大きな赤い石のついた指輪が飾ってある。以前から気になっていたお店なのだが、まだ一度も買い物をしたことがない。可愛らしいアフリカ・モチーフの刺繍がされたテーブルクロスなども飾ってあり、入ってみることにした。

すると、上品な雰囲気の黒人のマダムが、「そこに置いてある、アルコール消毒剤で手を洗ってから入って来てください」と言う。

なるほど、このマダムは「気にする」タイプの人なのだな。そうミチルは思った。

最近分かってきたのだが、お店の人の中にはコロナに関して、

そんなのいちいち気にしていたら、商売上がったりだ! でも、うるさく言われるから、罰金を取られない程度に対策をしておこう。面倒臭いけど」と思って、コロナを気にしないでいる人々と、

お客さんにコロナを移されたりしたら大変だわ。かといって、ずっと店を閉めておくわけにもいかないから、開けるしかないけど、でも、できればあんまり商品に手を触れて欲しくないわね。変なお客様が入ってくるのも勘弁だわ。手を消毒して、マスクをしたお客様以外、入れないようにしなくちゃ」と、とてもコロナを気にしつつ頑張っている人たちの2つに分かれるのだ。

それには、当然ながら、人それぞれ違いがあり、人種や性別はまったく関係ないのである。

しかし、店のものを色々と見て回っているうちに、彼女の性質などすっかり忘れてしまい、ショーウインドウから見えたのと同じような指輪が、店の中にも飾られているのを見て、思わず手にとってはめてみる。「一体こんな大きな指輪、誰がするの?」と思うような大きさだが、実際に指にしてみると、そんなに重くもないし、なんだかオシャレに見える気がしなくもない。

自分の本当に気に入る指輪を見つけるのは、至難の技なのだ。実はようやく気に入った指輪を見つけて2ヶ月ほど前に買ったのだが、1週間ほど前から見つからない。どうやら失くしてしまったようだ。若葉色で三角形のものだった。それは高い指輪ではなかったし、新入りさんなので、そこまで愛着が湧いていたわけではないけれど、同じくらい素敵な指輪をまた見つけるのは難しいだろうと、落ち込んでいた矢先だったので、ちょっと興味が湧いた。

他に何かないかなあと、店内を見回すと、黄色い箱が目を引いた。開けてみると、中に値札が転がっている。高いなあ、と思い何気なく箱をひっくり返してみると、ずっと低い値段のシールが底に貼り付いている。これなら、安くはないけど買ってもいいかな。 一緒に買い物に来ていた友人に相談すると、それはきっと箱の中に入っていた何かの値札が残っていたのだろうから、箱の値段は底にある安い方に違いないよ、と言ってくれた。ところが、お店のマダムに確認すると、彼女は大慌て。

「底についていた価格は間違いです。この箱がそんなに安いはずはないでしょう? これは、ブルキナファソで作られた、貴重な箱なんですから。フランス人のアーティストに教えてもらって、現地の人が手作りで作ったんですよ」

あらら・・・。全然予算オーバーだったが、この高い買い物をすることにより、ブルキナファソの人々を助けることにもなると説得され、何を入れたらよいのかも決めかねたまま、この黄色い箱を買うことにした。それにしても微妙な色合いで、今調べてみたら菜種油色という色の系統といえる。

そして、これが私の悪い癖だが、1つ何かを買うと勢いがついて、お財布の中身も考えず、ついでに他のものもえいやっと買ってしまう傾向にある。本来であれば、1つ買ったら、お財布の紐を締めなければいけないはずなのに、どんどん緩くなるのは本当に悪い癖だ。

この箱を買うと決めた途端、先ほどから気になっていた赤い指輪も欲しくなった。木箱のお勘定はちょっと待ってもらい、指輪の置いてあるジュエリー・コーナーに戻る。

「この指輪は、どこの国から?」

「それはブルンジのものですよ」

ブルンジ。ブルキナファソは、ブルキナファソ出身の知り合いがいることもあり、なんとなく知っていたが、ブルンジと言われてもすぐにピンとこなかった。でも、ブルンジは、実はベルギーの元植民地。そしてなんとそのお店のマダム自身がブルンジの出身だったのだ。

「ところであなたたちは、どこから来たの?」というマダムの問いに、

「日本から」と答えると、

「でも、日本から旅行で来ているわけではないでしょう?」という。

「もちろん、今はまだ難しいでしょう。私たちはブリュッセルに住んでいますから」そんなよく聞かれる話題から、コロナに関する面白い話になった。

「日本はどうなんですか?」とマダム。

「それが、ベルギーほど厳しい規制がないわりには、コロナの感染者数や死亡者数は桁が違うくらい少ないんですよ、不思議でしょう?」

「ああ、でもそれは納得がいきますね。日本は普段からソーシャルディスタンスがあるし、挨拶するときもあまり近づかないでしょう? 私たちブルンジの人たちと同じ。日本人と私たち、似てると思います

え?

彼女が、日本についてよく知っていることも驚きだが、ブルンジが日本と似ていると言われて、正直、目が丸くなってしまった私。マダムによると、ブルンジ人は謙虚で礼儀正しく、相手と少し距離を取るそうだ。確かに、そう言われてみれば、このマダムは間違ってもベタベタして来そうにない気もする。

「アフリカはコロナ、大変でしょう?」というと、

「一言でアフリカといっても、国によって全然違いますよ」という答えが返ってくる。

そう、私はよく、アフリカとかヨーロッパとか一括りにして話してしまう傾向があるが、アジアだって日本と中国ではまったく違うように、アフリカも国によって、それぞれ異なるのだ。失礼しました。

結局、私にとっては贅沢品となるものを2つ購入し、散財してしまうことの罪悪感を、アフリカの経済に貢献するためと自分に言い聞かせて心のなかで塗りつぶしながら、ブルキナファソの木箱とブルンジの赤い指輪を、アフリカから我が家に持ち帰ることにした。

そこで、ずっとレジの奥に静かに座っていた黒人のおじいさんが、指輪を入れるための小さな袋をプレゼントしてくれた。アフリカの布で作られたものだ。

この指輪は大きすぎて、しまうときに座りが悪いのが難点だが、指輪をあまりしない私が、指輪をしたくなる気持ちにさせてくれるということで、かなりレア物かもしれない。

あの失った若葉色の指輪の代わりだなと思っていた矢先、ひょんなところからあれだけ探して見つからなかったその指輪が、なんと見つかったのだ。ブルンジの赤い指輪を買った翌日のこと。

もしこれが迷子になっていなかったら、大ぶりなブルンジの赤い指輪は買わなかったかもしれないと思うと、不思議な縁を感じる。

なんだか身につけるだけでアフリカの大地のパワーが流れてくるような気がするのである。

失くさないように気をつけよう。

 

13.jul.2020 by Mythyl

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